私たちは今日、久しぶりに会う約束をしていた。 駅前のカフェ。十四時。お店を選んだのは向こう。 私はその店が好きだった。 窓際の席から外の観葉植物がよく見えて、コーヒーが美味しくて、二人でよく長居した。 学生のころから通っているお店。 鏡の前で身だしなみをチェックする。 今日もいい感じ。 腕時計を確認すると家を出るには少し早い時間。 でも待つのは嫌いじゃない。 むしろ、誰かを待つ時間が好きだから、玄関に向かい扉を開ける。 電車の中で、彼女のことを考えた。 出会ったのは高校一年生のとき。隣の席だった。 話しかけてくれたのは向こうから。 当時はもう一人の友人と、よく三人で行動を共にしていた。 放課後に寄り道をしたり、くだらないことで笑ったり。 この店にも、来たことがあった。 カフェに到着すると窓際の席へと案内される。 コーヒーを頼んで、外を見ながら彼女を待った。 いい天気。空が青くて、通りを歩く人たちがみんな気持ちよさそうに見えて。 こんな日に会えるのが嬉しかった。 十四時を少し過ぎたころ、彼女がやって来た。 「ごめん、待った?」 「全然」と私は言う。 彼女は向かいに座って、バッグを隣に置いた。
そっと深呼吸をした。 目の前にいる彼女はいつもと同じく楽しそうにしている。 コーヒーを頼んで、他愛のない話をした。 最近どう、とか、仕事どう、とか。向こうはよく笑った。わたしも笑った。 六年間、ずっとそうしてきたのだ。 二人でいる時の会話、笑顔、何もかも覚えている。 ふと、彼女がぽつりとこぼした。 「なんだかんだ、私たちって長いよね」 「そうだね」 「高校のころって色々あったよね」 「あったね」 「あのころは、ちょっとしたことで大騒ぎしてたよね」 「……そうだね」 「今思えば、ほんとくだらなかったなあ」 向こうは笑った。 わたしも笑った。 自分の隣に置いた鞄に触れる。 家を出る時に持ち物はちゃんと確認した。 忘れ物はない。 「少し、話があるんだけど」 「うん、なに?」 今なら言えると思った。 でも、向こうの顔を見たら、言葉が出てこなかった。 「……仕事がちょっとしんどくて」 結局、そんな話をした。 鞄の中のそれに、指先でそっと触れる。 今ここで取り出してしまおうかと、一瞬だけ考えた。 テーブルを挟んで向こう側の彼女は笑っている。 昔と同じように無邪気に笑っている。 だからわたしは鞄に触れるだけに留めておく。
久しぶりに会うとどうしてもたくさん話をしてしまう。 会っていない間のあれこれを聞いて欲しくて。 そんな時、彼女から「話がある」と言われ、少しだけ緊張した。 でも、話を聞いてみると大したことではなかった。 仕事のこと、将来のこと、なんとなくもやもやしていることを聞いてほしかっただけらしかった。 私はうんうんと頷きながら、コーヒーをもう一杯頼んだ。 気づいたら、二時間以上経っていた。 「またね」と彼女は言った。「今日、来てくれてよかった」 「こっちこそ」と私は言った。本当にそう思った。 駅までの道を一人で歩いていく。 久しぶりの会話が楽しかったからか夕方の風が心地よく感じた。 電車に乗って、最寄り駅で降りて、いつもの道を歩いていく。 今日は楽しかったな、そう素直に思った。 彼女の顔が少し明るくなったのが嬉しかった。 マンションの入り口で鍵を取り出した。 エレベーターに乗って、三階で降りた。 廊下を歩いて、自分の部屋の前に立った。 鍵穴に鍵を差し込んで、回した。扉を開けた。 暗い部屋に入って、後ろ手で扉を閉めた。
少し離れたところから、ずっと後をつけていた。 視線の先の彼女を見失わないように。 同じ電車に乗った。 同じ駅で降りた。 少し距離を空けて、同じ道を歩いた。 彼女は一度も振り返らなかった。 マンションに入っていく。 エレベーターが三階で止まる。 やがて、扉の閉まる音がした。 バッグに手を入れた。 もう、次を待つつもりはなかった。 玄関横のチャイムを押すと、少しの間があって、扉が開いた。 「あれ、どうしたの? 連絡くれればよかったのに」 さっき別れたばかりなのに。 私は思わず笑った。 その瞬間、胸のあたりに強い衝撃があった。 息ができなかった。 目の前にいる彼女の顔が、ひどく遠くに見える。 どうして。 そう思ったところで、私は――
わたしの手は、真っ赤に染まっていた。 六年。 あの子が死んでから、今日でちょうど六年だった。