ダイニングバーで 後編

ダイニングバーで

蓮さんの質問に答えられなかった私は、モヤモヤした気持ちを抱えたまま帰宅する。 何もする気がせず、シャワーも浴びずにその日は就寝した。

翌日。 朝に目が覚めても、気持ちは切り替わっていない。 「今日が土曜日で良かった……」 何となく例の恋活アプリを開く。 「あれ……いない?」 恋活アプリの中から、蓮さんが消えていた。 退会したのか、それとも私のアカウントを特定してブロックしたかのどちらかだろう。 「はぁ~」 私は大きなため息をつく。 「なんで恋活アプリのこと言っちゃったんだろう。あんなこと言わなければ、今日も楽しい気持ちのまま過ごせたはずなのに」 私はベッドの上でスマホを投げる。 「というより、あそこで行かないでとか言って引き留めればよかったのに」 そこまで言ってから、私は首をかしげる。 (引き留める? なんで?) そして気付いた。 私がモヤモヤしているのは、恋活アプリをしているということを言った罪悪感ではなく、蓮さんが今日デートをしてくると言ったことに対してだと。 「私、蓮さんのこと好きなんだ……」 今さら好きになっていることに気づいても、今日の蓮さんのデートを止めることは出来ない。

私はとりあえず、今日の夜もダイニングバーに行くことにした。 ……けれど蓮さんは現れなかった。 いつもより長い時間お店にいたのに。 マスターには「どうした?」と声をかけられたけど、私は「何でもない」としか言えなかった。

水曜日。 今日は元々午後休を取っていたので、日比谷に映画を見に来ていた。 家でじっとしていると、蓮さんのことばかり考えてしまうし、どうしてあの時……という気持ちが溢れかえってしまうから。 映画を見る前に日比谷公園に来ているキッチンカーでお弁当でも買おうと思っていると―― 「えっ!? 琴乃さん!?」

急に名前を呼ばれて驚き、振り返るとそこには蓮さんがいた。 「蓮さん!? どうしてここに?」 「いや、それはこっちのセリフですよ」 蓮さんは一緒にいた同僚に先に行くように伝えてから、私の傍にまで来た。 「勤めている会社、この近くなんです」 「そうだったんですね。私は今日、午後休で日比谷に映画を見に来ていて」 「……」 「……」 挨拶はしたものの、何を話せばいいのかわからなくなり、何となく気まずい空気が流れる。 「あ、あの。明後日の金曜日。金曜日は必ずあの店に来てください」 「え?」

蓮さんはそう言うと、お昼休憩が終わってしまうからと言って、走り去ってしまった。 「金曜日……」

金曜日。 いつもならもうお店についている時間に、私はまだ電車に揺られていた。 今日、行くべきか、やめるべきかを考えていたら仕事が遅くなり、残業になってしまったからだ。 (きっとこの前の土曜日のデートの結果の話だよね。それとも別の話……?) どうするかの答えは出ていないのに、無情にも電車は最寄り駅に到着する。

(どうしよう……) 時計を見ると、いつもの時間より1時間が過ぎていた。 (このままグダグダしてたって仕方ないよね) 私は店に入ることにした。

カランコロン 「いらっしゃいませー。おっ! 琴乃ちゃん。お連れさん、待ってるよ」 「ちょっ、マスター!」 カウンターの奥から蓮さんの声が聞こえてくる。 私はドキドキしながら、カウンターに向かった。 「こんばんは、琴乃さん」 蓮さんはいつもの私の席の隣の席に座っていた。 「……こんばんは」 緊張で声が出づらかったけど、無理やり絞り出す。 「琴乃ちゃんは、ハイボールだよね」 「お願いします」

マスターに促されて席に着く。 カウンター席に座ると、前回は気にならなかった、蓮さんの体温が真横から伝わってきて、より緊張感を強くさせる。 (どうしよう……何を話せば……) 私の目の前にハイボールが置かれ、私たちは乾杯をした。 「あの、最初に言っておきたいことが」 「な、何ですか?」 「あの日は……土曜日は行ってないから」 「え?」 私はようやく蓮さんの方を振り向いた。 蓮さんは真剣な表情をしている。 (土曜日、恋活アプリの子とはデートしてないってこと?) 「あの夜、あんな聞き方をして、すっごく男らしくなかったよね。だから、琴乃さんに引かれてしまったんじゃないかと思って、逃げ出しました」 蓮さんは目を閉じてそう言った。 「私、引いてなんか……」 「うん、分かってる。日曜日にこの店に来た時に、マスターから琴乃さんが土曜日も来てたって聞いて……」 「!!」 明らかに誰かを待っているような状態で店にいたことが、マスターにもバレているということが恥ずかしくなる。 (いや、あんな居座り方をしていたら誰でも気づくか……) 「そしたら水曜日に偶然、琴乃さんを見かけて……。絶対今日は誘わなくちゃ後悔するって思ったんだ」 「そ、そうなんですね」 「うん……」 心臓の鼓動があり得ないほどに早くなっていく。 「……実は前から何度かこの店で琴乃さんのことを見かけていて……」 「えっ、そうだったんですか?」 「あの……だから、あの夜、慌ててしまって変な質問を……。本当にごめんなさい」 「いえ……」 アプリの女性とデートをしてきていいかという質問をしてきたことを言っているのだと分かり、私はうつむく。 「私の方こそ、ぶしつけにあんなこと聞いちゃったし……ごめんなさい」 私も距離感の分からない相手に、恋活アプリにいましたよね、なんて聞いてしまったことを後悔していた。 「いや、いいんです。あの、それで……喧嘩をしていたわけじゃないけど、仲直りということで乾杯しませんか?」 蓮さんがハイボールのグラスを持ち上げる。私も笑顔でグラスを持ち上げ、乾杯をした。 二人の間に和やかな空気が流れる。 「えーそれだけ?」 ずっとこちらのことを気にして見ていたマスターが、茶々を入れてきた。 「いいの、今は! そういうのは、2人だけの時に……」 そう言って、蓮さんがマスターに見えないように、私の手に触れてきた。 「!」 私はドキドキして、蓮さんもマスターの顔も見ることができなくなり、うつむく。 でも、この後に何があるのかの予想ができて、食事処ではなくなったのだった――。 END

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