ダイニングバーで 前編

ダイニングバーで

私はいつも大事なところで失敗をする。 あんなことを言わなければ……いやでも……。 最近私は、自宅から歩いて行ける場所にあるダイニングバーに通っている。 29歳になり、使えるお金も増えてきたし、ちょっと大人っぽいことをしたいという気持ちもあったから。 「行きつけの店っていうのに憧れがあったんだよねー」

カラコロン 「いらっしゃいませー」 マスターの元気な声が聞こえてくる。 このお店は、私と同年代の夫婦が営んでいる店で、マスターがお酒を、ママが料理を担当している。 普通のバー並にお酒の種類も豊富で、さらにママの料理が本当に美味しいので、女性客も1人で来る人が多いお店でもあった。 (だから、私も来やすいんだけど) 私はいつも通り、一番右端のカウンター席に座った。 「まずはハイボール?」 「お願いします!」 そうやって、美味しいお酒と料理を食べながら過ごす金曜日の夜は、私にとって一番の楽しみでもある。 「いらっしゃいませー。おー、蓮君。珍しいね、こんな時間に」 「今日は残業なかったんで」

蓮と呼ばれた男性はカウンター席の一番左端に座った。彼もこの店の常連客らしい。 (この店で初めて会う人だよね? そっか、男性も1人で来ることもあるんだなぁ) 「琴乃ちゃん、蓮君もハイボールが好きなんだよ」 マスターが私と彼の橋渡しをしてくれる。 「そうなんですね」 「えぇ、僕はスコッチでピートの強いアイラ系が好きなんです」 「アイラ……私は、逆でピートがダメなんですよね。だから知らない店に行ったら、バーボンやアイリッシュを頼んじゃいます」 「なるほどー」 と、初対面だったけど、ウイスキーの話で盛り上がり、気が付いたらいつも帰っている時間になっていた。 そしてその日は先にお会計をして、家に帰った。

「はー楽しかった! でも、あの人、どっかで見たことが……」 そう思いながら、何気にスマホを見る。 「そうだ! 恋活アプリだ!」 二週間ほど前に、友だちに進められて始めた恋活アプリ。 私はそれを起動してみた。 するとイイネをしてくれた男性の中に、蓮君と呼ばれていた彼の写真を見つけた。 映っているのは鼻より下だけど、間違いない。 (私は顔写真を載せていないから、向こうは気付かなかっただろうな) 今日の会話を反芻する。 「また会えたらいいなー」

それから3週間が過ぎ、金曜日にお店に行くと、今日はいつもより早い時間から混んでいた。 「すごい人だね」 「予約のお客さんが3件入っていたからね」 カウンターの席も、私がいつも座っている一番右端とその隣の席しか空いていなかった。私がいつもの席に座ると、店のドアが開く音がする。 「いらっしゃい! 蓮君。今日はいつもの席は空いていないけどいいかな?」 「もちろんですよ……って、あ! お久しぶりですね」 彼は私に気づいて会釈をする。 「お隣、いいですか?」 「はい……どうぞ」

この前に続いてお酒の話で盛り上がった。 いきなりプライベートなことを突っ込んで聞いてくるというわけではなく、共通の話題である「お酒」の話だけでここまで盛り上がれるのはすごく嬉しい。 「はー、美味しかった」 「そろそろ帰られますか? 今日は僕もそろそろ帰ろうかな」 「えっ……あ、じゃあ、マスターお会計で」 蓮さんに一緒に帰ろうと言われて、私は内心ドキドキした。店の中で話をするのと、一緒に店を出るというのは明らかに違うからだ。 けれど変な雰囲気にならないように、私は一生懸命何でもないふりをした。

「ありがとうございましたー!」 背中にマスターの声を受けながら、私たちは夜道を並んで歩く。 お店の中の賑やかさがなくなり、車の走る音だけが聞こえてくる。 「今日もいっぱい飲みましたね。琴乃さんと一緒にいると、いつもよりペースが速くなる気がします」 「わ、私もです」 一緒に歩きながら、段々と何も考えられなくなっていく。 (なんでこんなに緊張しているの、私……) 「琴乃さん? どうかしましたか? もしかして飲みすぎて――」 「あ、あの実は! 恋活アプリで蓮さんを見かけて……!」 私はうっかり余計なことを言ってしまう。 「え……」 蓮さんの表情が曇る。 (ヤバい! やらかした!!) だが、何と言って挽回したら良いのかが分からない。 「あー……そうなんだね。確かに、今は恋人を探していたから登録していたんですよね」 「そうなんですね! 私は友だちに進められて……」 蓮さんは咳ばらいをしてから、私を覗き込んでくる。 「実は明日、アプリの子と会う予定にしていたんです」 「えっ!?」 「でも……会うのをやめても良いかなとも思っていて。琴乃さんはどう思いますか?」 「わ、私……!?」 何でそんなことを聞かれたのか、そして何でそんなことを言われたのかが分からず、私はただ黙るしかできなかった。 「……すみません。変なことを聞いてしまって。じゃあ僕、こっちなので。おやすみなさい」

蓮さんはそう言うと、私の前から立ち去った。 私の心にはモヤモヤしたものだけが残り、気持ちよく酔っていたはずの感覚も消えて、後悔だけが残ったのだった。 ⇒後編に続く

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