「私は、みいちゃんとは違うから」 大きな瞳、頬から鼻にかけてそばかすが浮いた顔立ち、薄い唇。サラサラでクセの無い、茶色い髪質。 高校の制服をきちんと着て、細身の体にはSサイズのブラウスもやや大きく見える。 小柄で、かわいい、守りたい存在。 私の大好きな、幼なじみ。 うっすらと涙を浮かべて、唇を震わせているその子。 いつもは、私の後をちょこちょこついてくるのに。今日は、繋いだ手を振り払ってきた。 野良猫が、外敵を威嚇するような顔だ。 「どうしたの?」 「もういいの!嫌なの!!」 つい、5分前まで私の背に隠れていたのに。いつも通り、私の後ろにぴったりついてきていたのに。今は、手を伸ばしても触れない位置まで、下がっている。 私が一歩近づこうとすると、彼女も同じだけ後ずさりして、首を振った。 「来ないでよ!嘘つき!!」 普段の彼女なら、決して発することのない強い言葉。言葉の持つ威力が強すぎて、口から吐き出した後に思わずはぁはぁと息を切らしてしまうほどの。 その重さを真正面から食らわされた私のほうが、思わず口をゆがめてしまうほどの。 え…あの子、私に「嘘つき」って言った? にわかには信じがたい。でも、きつくにらんで来る目が、いつもと違う。 敵意に満ちた目。憎いものを見る目。 背筋がゾッとする感覚。あの子が、あんな目を私に…? 「ちえ…」 「ひどいよ…」 後ずさりしながら、ちえこが泣いている。 大粒の涙を、手の甲で必死に拭って、情けない顔を見せまいと、私を睨んで来る。 なんで、そんな顔をするの? 経験したことないような気持ち悪さが、胸のあたりを襲ってきた。 グッと息が苦しくなって、目の前がチカチカしてくる。 ちえこ、私の大好きな人。 「ちえ、違うの。聞いて」

「やだ!」 ちえこは、耳を塞いでいやいやしている。 子どもみたいなのは、いつものことだ。でも、こうなると周りの声が全く聞こえなくなってしまう、と私は知っている。 いつもなら、私の声にだけは耳を傾けてくれるけど…。 「ちえこ、聞いて!」 「やだ!みいちゃんなんか、嫌い!!」 強い言葉が、私の胸にドスッとぶつかった。一瞬、息ができなくなったような感覚。「嫌い」なんて、普段は絶対に口にしないのに。 まして、それを私に向けるなんて…。 いまのちえこには、私の声も…。 絶望的な気持ちになりかけたけど、私は踏みとどまった。ここで私が折れてしまったら、ちえこと二度と元の関係に戻れない気がする。 「ちえ!!」 「!!」 私は、小柄な彼女をぎゅっとこの胸に抱きしめた。 ちえが、小さく息をのむ感覚。 小さい頃から幾度となく、この感覚を味わってきている。私の、大好きな人。

一瞬の静寂の後、ちえは小さく震え始めた。 かわいい、私のちえ。 いつものように、頭をポンポンすると、小さく頭を振るちえ。 でも、逃れようとはしない。 やっぱり、私が好きなんだよね。私から、離れられないんだよね。口で何と言おうと、あなたは私のものなんだ。 私は、ちえがこれ以上怖い思いをしないように、両手で深く彼女を包みこもうとした。 瞬間、腕の中のぬくもりが爆発した。 「きゃっ!?」 気づいたときには、大きく後ろにつんのめって、尻もちをついていた。 ちえは、自分の足で立っている。転んだのは、私だけだ。とっさに手の平をついたらしく、右手に熱い痛みを感じた。 砂埃がついた右手を見て、汚れた制服のスカートを見て、ちえを見た。 憎しみに満ちたあの目が、私を見ていた。 ちえが、なんであんな目をするの…? 「おい、何してんだよ」 背後から声がした。と同時に、両脇がふっと軽くなった。宙に浮かび上がるように、私は立ち上がっていた。 そして、すぐ隣にはあの男の姿。 「大丈夫?」 「…平気。触らないで」 なれなれしくされたくなかった。 一体、誰のせいでちえがこんなにも心乱されているのか。気づきもしないこんなやつに、触られたくもない。 「まことくん…」 ちえの顔が、それまでと違う感情で歪んだ。 ああ、そんな顔をしないでほしい。この世の終わりみたいな顔をしないでほしい。 こんな男に心を砕かないで。 「なにやってんだよ、危ないだろ」 「違う…わたし、なにも」 「違くないだろ。行こうぜ」 まことは、そう言って当たり前のように私の腕を掴もうとする。 私は、迷いなくその手を振り払った。 今度は、まことが悲しそうな顔をした。 「なんだよ」 「気安く触らないでって、言ったでしょ」 「…そんな顔するなよ」 なんで、こいつが今この場に出てきたんだろう。 早く消えればいいのに。なんで、私に近づこうとするんだろう。 こいつがいるだけで、ちえは…。 「…っ」 「ちえ!」 静寂を破ったのは、ちえだった。 はじかれたようにその場を走り出したちえを、私も追う。 「おい!」 まことは、追ってこなかった。 あいつのせいで、ちえが泣いた。 あいつがいるから、ちえが悲しんでる。 なんで、ちえはあんなやつのこと…。 ちえのことを思うと、私も苦しい。 声をあげて泣くちえの背中を追って、すぐに追いついて。 私はもう一度、ちからいっぱい彼女を抱きしめた。 この声が届かないって、知っているけど。