はっと気が付くと、俺は川を漂っていた。 どうやら生きているらしい。 だが、頭はぼんやりするし、なんで川を漂っているのかが分からない。 ただ、このままの状態ではいけないということだけは分かる。 とりあえず右腕が動くので、胸ポケットを探るとスマホが入っていることに気付いた。 俺は新垣警部補に電話で助けを呼んだ――
次に気が付くと、真っ白な部屋の中にいた。 「ここは……」 「横槍巡査!!」
名前を呼ばれてみると、そこには新垣警部補がいる。 「新垣警部補……?」 「よかった。意識が戻ったんだな」 そう言われて、今いる場所が病院の中だということを理解した。 「助けてくれたんですね。ありがとうございます」 どうやら俺は、誰かに殴られた後、川に投げ捨てられたものの、そこは水深が深かったため多少の怪我ですんだこと。 そして、川に流されたものの、岩に身体が引っかかっていたため、深いところまで流されることがなかったので、すぐに見つけてもらえたということを教えてもらった。 「だが、なぜ横槍巡査がこんな目に……? 一週間ほど一緒に行動していたけど、誰かに恨まれるということはなさそうだったが……」 俺は今回の事件で気づいたことを、新垣警部補に伝える。 「ということは、犯人は伯爵亭の主人ということだな! あんな気の優しそうな顔をしていたが、自分の元従業員が殺されて復習を……! 今すぐ捕まえに――」 「ちょっと待ってください」 俺は慌てて新垣警部補の腕をつかんだ。 「なぜ止める!? 横槍巡査も襲われたのに」 「それは犯人が伯爵亭の主人ではないからです」 「え?」 俺は考えていたことを、新垣警部補に話す。 「伯爵亭の主人が犯人じゃない? じゃあ……」 「あ、いや、伯爵亭の主人だけが犯人というわけではない、が正しいですね」 「どういうことだ?」 「これは町ぐるみの犯行です」 「町ぐるみ……?」
新垣警部補は首をかしげて、俺のベッドの横にある椅子に座った。冷静さを取り戻したようだ。 「伯爵亭に行ったのは、初めてこの町に捜査本部が設置されて1時間も経たないうちでしたよね」 「そうだな。横槍巡査がランチに行こうと誘ってくれたから」 「そうです。だから、口裏を合わせていなかった伯爵亭の主人は、とりあえず誰かを見たことにした方がいいかもと思って、あぁ言ったんだと思います」 「とりあえずって……」 「だけど、統括している人が、存在しない不審人物を作り出すよりも、不審人物はいなかったとした方が本部の人間を騙しやすいと考えた。だって、元から不審人物はいないんですから」 俺の言葉に新垣警部補は眉をひそめる。 「ちょっと待て。その言い方だと、警察内部も絡んでいるように聞こえるのだが」 「そうですよ。だから言ったじゃないですが、町ぐるみの犯行だって」 「町って……この町の警察も含むってことか」 「えぇ。不審人物は存在しなかったということにすれば、本部の人間はこの町に留まる目的がなくなり、元の場所に帰っていくと考えたのでしょう」 「いや、まぁ、実際その通りになったが……」 新垣警部補は認めたくないが、認めるしかないのかという表情をしている。 「だから本当は、俺の事はちゃんと殺しておきたかったはずですよ。でも殺しきれなかった。そして生きていることが分かった今、結構簡単に犯行を認めてもらえると思います」 「それはどうして? また殺しにくればいいだろう」 「だって俺が新垣警部補に話してしまっていますし」 「だったら私も殺せばいい」 「それは無理ですよ。死ぬ理由がない」 「横槍巡査にはあるのか?」 新垣警部補の質問はまっすぐで、彼女の性格を表している気がして、俺は勝手に和んだ。 こんな話をしているときに、和んだなんて言ったら変な顔をされることはわかるから、言わないが。 「俺があのまま死んでいた場合、自殺か事故で片づけたと思います。でも、俺と新垣警部補の二人が同時に自殺や事故となったら、さすがに何かあると本部も気にするでしょう? だから、殺せない。ということは、もう逃げ場がないということです」 「なるほど……」 新垣警部補は感心したような表情で俺を見る。 「なんで横槍巡査のような人が、こんなところで交番勤務なんだ?」 「なんででしょうね~。俺にはわかりません」
そしてその後、新垣警部補が本部に帰り、今回の話をして、事件は無事に解決した。 事件にかかわったものの、直接殺人に関与していない人たちは情状酌量の措置となった。 ただ、この町の警察署内は所長を含め大きく人が変わったし、俺の上司も別の人になった。 それでもみんな、そんな事件があったことさえ忘れ、この町は平和だーとみんな言い始めるのだろう。 人間なんてそんなものだ。
俺はというと、これまでと変わらず同じ交番で勤務をしている。 そして今日も、美味しいランチを食べることを生きがいに、自由に町の警らをする。これまでと何も変わらずに。 ……と、言いたいところだったのだが、少し変わったこともある。 俺はどうやら新垣警部補に気に入られたようで、今ではなぜか町の猫の写真を送り合う仲になった。 これを何の仲と言えばいいのかは分からないが、こういう曖昧な関係もいいものだと飲み込むしかない。 END